壺の碑(いしぶみ) 福福亭とん平の意訳

壺の碑 全

 さてさて、千引の石と申しますのは、昔、平(へい)城(ぜい)天皇様の御代に、陸奥の狭布(きょう)の郡の壺という所に、高さが五丈ほどの大きな石がありましたが、坂上田村麻呂将軍が蝦夷の悪路王を征伐なさった時に、この石の表面に弓の弭で「日本の中央」と書き付けられました。その文字が自然に、石に彫りつけたように鮮やかに見えましたので、石の周辺の人々がこの石を壺の碑と名付けて、名高い将軍の由緒ある石であるとして、この石を尊いものとして大切にすることは、並々でありませんでした。まことに、木や石には心ないものととは申しますが、石には魂が宿ると申します。人が敬うことで石はその力を増すことがありまして、この石の魂もいろいろな物に姿を変えて、人を苦しめたり驚かしたりしましたので、とうとう人々はこの石を恐れるようになって、石の近くに立ち寄る人はいなくなりました。
 その土地を治める守護は、甲斐の何とかいう方でしたが、この石の話を聞いて、不思議な災ひである、これでこの土地が寂れるのは善くないことだと思い、人々が苦しむのを止めるためにこの石を隣の国との境まで引き出して粉々に砕いて捨ててしまおうと思い、この石のある地域に触れを回して告げることには、「守護として、壺の大石を隣国へ引き出すことにした。この土地に住んでいる者は、上は六十歳まで、下は十五歳を達している者は、男女を問わずすぐに出て、綱に取り付いて石を引くように」と、すぐさま多くの伝達役を派遣して、村々の各集落に入って、それぞれの家にいる人の数を書き留めて用意をさせました。
 この狭布の郡の片隅に、一人暮らしの女性がいました。幼い頃に両親に死に別れ、頼りにする親族もいませんでしたので、細々と暮らすだけで、だんだんに歳を取ってきてしまいました。
 この女性は、見る人もいないのですが、姿形は綺麗で、都を遥か離れた東の地方で、がさつな人々の中に育ちましたが、気立ても優雅で優しい人でした。そんな素敵な女性でしたが、この女性のことを相手にする人はほとんどいませんでしたので、ずっと一人暮らしをしていましたが、ある時、どちらからともなく、とても上品な男性がふらりと訪ねて来て、とても親しげな様子で女性に親しく声を掛け、あなたと愛している、親しくなりたいと強く訴えかけました。女性も情を解さない身ではないので、それほどにいつまでも冷たくしてはいられません。とうとう、心を許し、互いに親しく語らい、深く契りを交わしました。
 契りは交わしましたが、この男性は夜に訪ねては来ますが、昼間は来ませんので、どういう訳だろうと女性は不思議に思って気落ちしている時に、守護の使いが来て、この一人暮らしの女性に、出て来て石の綱を引けと責め催促するのも差し出がましく余計なことです。
 女性は。どうあっても、女の身の上ほど嫌なものはない、こんな一人暮らしのままに歳が長けて、周りから身の上をあれやこれやと言われるのも恥ずかしいので、ただ人に知られないようにこの家を捨てて、どちらへでも行ってしまおうと思う心が湧きました。それにしても、あの訪れてくる男性に会って、このようなことでと事情を説明して、別れを言おうと思いながら、夕方の暮れてゆく空をしみじみと眺めて悲しみ、これまでのことやこれから先のことを思い続けて泣いています。その時にいろいろな声で鳴く虫の声までも、自分の身の上を思いやっているのかと思えて、いっそう涙が流れるのです。
 もう夜も更けてもの寂しく、風が冷たく吹いていて、木の葉に雨がぱらぱらと降りかかっている時。木戸を開ける音がしましたので、誰だろうと思ってそちらを見ると、長く着て張りの無くなった襖狩衣姿で、垣のところで露に濡れて立っているのは、いつも訪ねて来る男性でありました。
 女性は、男性の姿を見て、嬉しいとは思いながらも、物思いに耽っている時でありますので、知らず知らずに涙がこぼれます。男性は、女性のこの有様を見て、「お気の毒に、何をお思いになって、そのように元気がないのですか」と言いますので、女性が答えて言うには、「この土地に壺の碑と名付けられる大きな石がございますが、その石がいろいろと姿を変えて人を驚かすということが起きています。それで、国にとっての災厄、また土地が寂れるであろうということで、早速に、この土地の家にいるすべての人を呼び出して、その石を引かせて隣国との境に引き出して、粉々に砕いて捨てるようにと
この土地の守護が使いを国中に出して、男女、老幼の区別なく全部の人を呼び出されました。そうだと言っても、私は多くの人の中に入って、身の上のことをあれこれと言われて知られるのも恥ずかしいので、今夜の内にどちらへでも秘かに行ってしまおうと思っているのです。それにしても、あなた様とふとしたことで親しくなりましたが、二人の仲も早くも三年になりましたので、つらい別れの悲しさに、言葉に表されない心の内をご推量くださいませ」と言って、またさめざめと泣きますと、男性も哀れがって、ひどく泣き悲しみました。
 しばらく経って男性が言います。「私も、この三年あなたと契りを交わしたことを大切に思うので、思いも掛けないことご起こったのをお話申し上げるためにここまで来たのです。あなたは私をどんな者とお思いでしょうか。実は私は、あの壺の石の精霊なのです。木や石は心ない物だと言いますが、時によっては温かい心で接するこtがある場合があります。この三年、あなたと心隔てなく親しく過ごした契りは、どうして空しいものになりましょう。そこで、明日、この里の住人が集まると千人になるでしょう。その千人が力を揃えて引いても、私が強い力を出せば少しも動くことはありません。その時が来たら、あなた一人が私に近付いて、石を引く綱を手にしてお引きになれば、まるで車が坂を下るように、楽々と引き動かすことが出来るでしょう。そうなると、人々はあなたを特別な人だと尊いものだと大切に思い、お役人もお聞きになって多くのご褒美をくださるでしょう。そすなれば、あなたはたちまちに豊かな暮らしの身になって、楽しく暮らすことができるでしょう。このことは、この三年間、あなたが私に捺せ下さった心への御礼の気持ちです。さらに、この先ずっと、いついつまでも、あなたをお守りいたしまょう」と言って女性を慰めて、親しくしていました。
 女性は、男性のこの話をしみじみと聞いて、これは夢か現実のことかと、ぼんやりとしてしまいました。けれども、この三年間親しくした相手なのだから、まあまあ仕方がない、こうなるのも前世からの因縁なのだろうと思うにつけて、なおさら、今夜だけでお別れする名残惜しさが募り、一夜を千夜逢っているように充実した時ととして過ごしたく、互いに睦言を交わしながら時を大切にして過ごしていました。いつしか夜明けを迎えてしまいましたので、涙を流しながら別れをしかねていましたが、男性が出て行くかと思ったところで、その姿は朝霧の中へと入って行き、姿を隠してしまいました。
 夜がすっかり明けましたので、土地の人々は声を掛け合って出て来て、互いに「急げ、急げ」と騒いで、石を引く綱に取り付きました。守護の某殿もこの場に出て来て、役人に命じて綱を引く人数を書き留めさせたところ千人いました。この千人が綱を手に引きましたので、壺の石のことを千引の石と言うのです。そうこうしているうちに、千人の老若男女の人々が力を揃え、声を一つにして、長いこと引きましたが、石は奥山のようで、少しも動く気配がありません。
 この時になって、あの一人暮らしの女性が前に出て、集まった多くの人に向かって、「お願いですから、この石を私一人で引かせてくださいませ、簡単に引きましょう」えお言いましたので、人々はこの言葉を聞いて、余りに馬鹿馬鹿しい申し出であったせいでしょうか、これといった返事もしないで、一度にどっと笑いました。
 守護の某殿は、石が少しも動かない様子を見て機嫌を悪くし、不愉快な顔で立っておいでになられたところに、人々が一度にどっと笑い騒ぐ声をお聞きになって、ますます怒りを増して、「何を彼らは笑うのじゃ」と問いただしになられるました。そこで、年かさの主立った者たちが進み出て、「この大勢が力を出して石を引いてさえ動きもしない石を、この女がたった一人で引いてみせようと申しますので、あまりに噓のようだと思って、笑ってしまいました」と答えます。
 その時に守護の某殿は、その女の姿をじっくりと見て、「まことになにか訳のある女の様子である。その上、世に、『女の髪は象を繋ぐこともできる』という譬えがあるから、無駄な調べをしないで、まずは石を引かせてみよう」と仰いました。
「かしこまりました」と返事をして、集まった人々は綱を引く手を離して、あの女性一人を呼んで、石の綱を引かせました。
 この時、女性は、弱々しい様子で石の正面に立ち、先夜の男性の物語と悲しい言葉を頼りとして、綱を手に取って引いてみると、今までは千人で引いてみても、山のようにどっしりとして動かなかった大石が、この女性一人の手に引かれて、坂を下る来る阿mのように、また、流れに乗って棹を差して進んで行く舟よりも速く動いて行くのは、不思議な光景でした。
 大勢の人々はこの様子を見るとすぐ、これは不思議なことであるな、それではこの女性は、特別な人であったのに、余計なあざ笑いをしてしまったものだ、有り難いこと、尊いことよと、深く心に感じながら、石の前後に集まって合掌し、声を揃えて「えいやえいや」と声援をします。その声に合わせて、しばらく時が経って、この石は国境まで引き出されました。
 こうして、守護の甲斐の某殿は、女性が石を一人で引いたのを見て、この女性を最初から常の人ではないと思ってはいましたが、このような不思議な姿を現されたことは、めったにないことである、これはまことに、この土地の神様が氏子たちを不憫に思ってこのようなご利益をくださったのであろうと思う、我らは、決しておごり高ぶりの心を持つべきではない、と感じて、この土地のうち五十町余をこの女性に譲り与えて、さらに加えて、いろいろな宝物をお与えになって、丁寧に扱って、家へとお返しになりました。
 さてまた、土地の人々が話すことには、「あの石というのは、昔から長いことあった物ではありますが、土地にとっていろいろ災ひをするので人々の嘆きとなっていたところ、立派な守護様がおいでになって、石を国境に運んで砕くというお考えをなさいました。けれども、石は千人が力を合わせても動かなかったので、今後どれくらい人々の災ひになるかと思っていたところに、不思議な力を持った女性が現れなさって、簡単に石を引き運んで、この土地を安心な土地となさいました。これは何より、神様のお助けと思います。この神様の思し召しを有り難く思わなければ、神罰が下るかもしれません。さあさあ、あの女性に家を建てて差し上げましょう」というころになりまして、土地の人々が集まって、相談して人夫を集め、土地を均して材木を集め、鍛冶師や大工を呼び集めて、美しく造り上げた建物を幾棟も連ね、門が幾つもある家を、とても豪華に造り上げました、
 石を一人で引いた女性はすぐにその建物に移り住んで、多くの人を屋敷の中に雇い入れて、豊かに暮らしていましたが、それにしても私がこのようにとても安楽に過ごせていられるのは、私の力ではなく、あの石の魂のお蔭なのだ、何とかして感謝の気持ちを表さなくてはいけないと思って、徳の高いお坊さんを大勢招いて、あの石のために香華を供えて供養をして、多くのお経を上げて、石の追善の法事をいたしました。
 「もともと木や石は心無しと言われているが、『すべての世界に存在する物は、皆共に仏になる』と経文が説くことを知れば、すべての物は仏になる種を持っているのである。それに加えて,結構な供物を仏前に捧げ、数々の経文は呪言を唱えて、回向をするということは、成仏して悟りの境地に至ることは疑いない」と導師の僧が回向の文を読み上げるのを聞いて、女性はこの法事が石の供養になると確信でき、またとない気持ちになって、嬉し涙が流れました。
 女性は、それにしても、私はどういう因縁があって、石のような心を持たない異様な物と縁を結び、その好意によって、こんな何不自由のない豊かな暮らしができることは、本当に不思議なことなので、夢のようだと思われるけれど、将来どうなることかとしみじみと思いながら、幅の狭い莚を寝床として一人着物のまま横になって、石の精と過ごした三年を思い返していました。その時に開き戸を叩く音がしましたので、妙なこと、誰が来たのだろうと思いながら起き出て、かなたの空に目をやると、不思議な雲が一かたまり、軒のところに重なっていました。
 その雲の中に、襖狩衣を着て立烏帽子を着けた人が立っています。この人は以前の通ってきた人だと懐かしく思ってじっと見ていると、その人はとても親しく優しい声で言います。「私は、もともと心を持た無い身でありましたが、人々が私にいろいろな名を付けて呼んだために、いつの間にか自然に心が生まれてしまいました。人の思いに従って、怪しい振る舞いもしてしまったのでしょう。このように心を持つ身になったために、あなたの心をこちらに向けさせ、心からではない契りを結んでしまいましたが、あなたのとても寂しそうな様子を気の毒に思うようになって。そのまま通い続けているうちに、いつしか三年を過ぎたのは、夢であったのでしょうか。こんな契りですが、あなたと契ったのは、前世から縁が深いからでして、それに加えて、今日はまたこの上ない供養を下さって、仏の悟りに至りましたこと、とてもとても有り難く嬉しく存じます。これから後、私は必ずあなたをお守りいたします。その結果、あなたは、高貴な方に妻として迎えられ、ますます豊かな身になって、ついには百歳の長寿を保たれます。こういうお礼と未来のことをお伝えするためにここまで参りました。今はもうお別れでございます。ごきげんよう」と言って、男性は雲の中に姿を消し、極楽浄土のある西の空へ去って行くと見えましたが、後は青空が広がっているだけで、月が明るく照っていました。
 その後、この女性は、豊かに暮らしていましたが、ある時、この国の国司がやってきてこの場所で狩をしました。その時に、立派な豪邸があるのが見えましたので、「どのような人の屋敷か」とお尋ねがありました時に、土地の人々が進み出て、「こういう女性が住んでおります」と石を引いたことの始めからのことを詳しく申し上げると、国司は一部始終をお聞きになり、その女性に会ってみたいとお思いになって、ちょっとした気持ちで立ち寄り、女性と契りを結んだところ、かねてから縁が深かったのでしょうか、二人の間に若君がたくさん生まれて、いつまでも長く豊かにお暮らしになりました。
 世の中のありとあらゆる人は心を正直に持つと、澄んだ水に月の光が映るように、良い結果を迎えることができます。必ず必ず、噓を吐いたり、ひねくれた心を持ってはなりません。