浮世絵漫歩 19 歌川国芳の金魚づくし

歌川国芳 金魚づくし
 歌川国芳の「金魚づくし」は、天保13年(1842)頃に出版されました。歌川国芳が朝桜楼と一勇斎の号を併用し、豊年印を使っている45歳の頃です。天保15年4月以降、国芳は三代豊国を継いだ初代国貞の一門になるのは嫌だとばかり、豊年印を捨てて、芳の字を桐の形に図案化した「芳桐印」を使います。
 版元は「村田」でしょう。アダチ版画研究所の作品説明では、「村田」は当時の版元仲間の自主検閲の印である極印としていますが、岩切友里子氏著の『国芳』(岩波新書)に「村田版」とあり、資料を調べましたが、この形の極印は他に例がなく、ほぼ同型の他の版元印があるところから、「村田」は版元名と判断しました。
 判型は浮世絵の一般的な大きさの大判の半分の中判です。大判の板に二点分の絵を貼って判を作り、摺り上げてから裁断して販売されました。十年ほど前までは「ぼんぼん」を除く八図が存在していました。ところが、「ぼんぼん」が発見され、もう一図の存在が考えられるようになりました。先年、大阪市立美術館で催された「江戸の戯画」展で、大坂で出版されたという「金魚 けんじゆつ」という中判の半分である小判の作品が展示されました。大坂では江戸の作品を縮小模写して出版されることがよくあったので、この「けんじゆつ」が国芳作品を縮小模写した可能性が言われています。十点目の国芳作品はまだ見付かっていません。
 
百ものがたり
 金魚たちが「百物語」の怪談会をやりました。百物語とは、百の灯心に火を灯して、怪談が一つ終わるごとに一つ消し、全部消えたときに幽霊が出るといわれている肝試しの怪談会です。金魚たちが百物語の会を催し、それが終わった途端、天敵とも言うべき猫の化け物が現れました。猫の手は幽霊の手の形に似ていまし、伸びた舌は不気味さ満点です。また、猫の瞳の中には白い線が入っていて、妖気を感じさせます。大柄な鯉は、勇敢に立ち向かおうとしますが、ほとんどの金魚や泥鰌は逃げ惑い、中には腰を抜かしていて、水盤の中は大騒ぎです。
 

さらいとんび
 街角で、金魚柄のとんび(鳶)が油揚げをさらっています。大切なものを横合いから奪われる喩えの「とんびに油揚げをさらわれる」を絵にしました。とんび金魚が持っているのは、油揚げの容れ物で、同じ物が歌川広景の「江戸名所道外尽 芝飯倉通り」にも同じような情景が描かれています。「こんりう」と書かれた緑の旗の横の猿の像は、「本堂建立」と言いながら、猿の像を引き回し、この像を本尊として本堂を建てるから寄進してくださいという物乞いの道具です。これを「建立奉加」とも言います。左の葦簀張りの茶店の行灯には「御膳 赤ぼふふり(ぼうふら)」「極附 みぢんこ(みじんこ)」と金魚向けの名物の品名が書かれています。
 

玉や玉や
 玉屋は、今日で言うシャボン玉売りです。玉屋は春の季語になっていますから、この絵は春の街角風景と見てよいでしょう。子どもたちが喜んで寄ってきています。江戸時代の玉屋が持ってくるシャボン玉用の液は石鹸水ではなく、ムクロジという大きな木の実の皮を煎じた液で、それを大人も子供も麦わらに付けて吹いて遊びました。ムクロジの実の皮は煎じると泡が立つところから、洗濯石鹸と同様に使われ、乾物屋で売られていました。ついでに、ムクロジの実の中の黒い種は、羽子突きの羽子の球に使われています。

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百ものがたり        さらいとんび         玉や玉や
 

まとい
 江戸の名物は「武士、鰹、大名小路、生鰯、茶店、紫、火消し、錦絵」と謳われています。火事の多い江戸の町の人々は、火事に勇敢に立ち向かう町火消しに好意を持ち、あこがれを抱いた人もいました。その一人がこの絵を描いた国芳です。江戸には、いろは四十八組、深川には十組の町火消しがいました。火事となれば組の印の纏を先頭に出動です。纏を屋根に立て、それを目標に水を掛けますが、水勢が弱いため。多くは、鳶口で延焼を防ぐために家を壊す破壊消防をしました。頭の蛙の後に続くのは水草で出来た纏、金魚たちが持っているのは水草の鳶口です。なお、町火消しのいろは四十八組ですが、組の名に「ひ・へ・ら・ん」の文字は使われず、代わりに「十・百・千・万」が使われました。
 

酒のざしき
 旦那が芸者、太鼓持ちを上げての宴会です。水草の盃を持ち、赤いぼうふらのつまみで呑んでいる旦那は、酔眼朦朧になってきています。姐さん株が三味線を弾き、若い芸者と修行中の太鼓持ちが踊っています。芸者の三味線は金魚を掬う網、踊り子が持つのは扇や花笠ではなく、睡蓮の葉と水草の花です。旦那の後ろに立つ蛙の太鼓持ちは、「よっ、旦那、いい案じ(お考え)、参りました」と首筋を叩いて旦那を持ち上げているようです。こういった茶屋遊びの理想を、「楽しみは後ろに柱前に酒 左右に女懐に金」という狂歌があります。
 

にはかあめんぼう
 にわか雨です。水草の傘を持っている用意の良い親子連れもいます。子供の手にはかわいい傘。傘を持たない者は、豆絞りの手拭いで頬被りして走ります。何も持っていない者は、着物の裾を被って、と言いたいところですが、金魚ですから尾鰭を被ります。蛙の手にするのは笠でしょうか。傘を片手に、強い雨脚にふと空を見上げたら、降ってきたのは雨ではなく、あめんぼうの群れが見えました。びっくりして開いた口がふさがりません。なお、あめんぼうは、正しくはあめんぼ、漢字では、水黽・水馬と書きます。

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まとい           酒のざしき         にはかあめんぼう
 
すさのをのみこと
 乱暴を働いたために姉の天照大神のいる高天原を逐われたスサノヲノミコトは出雲に来て、クシナダヒメが八岐大蛇の生け贄にされるという話を聞き、八岐大蛇退治に立ち上がります。スサノヲは八岐大蛇に酒を飲ませて、酔ったところを退治し、クシナダヒメを妻とするという場面を描いています。太刀を手にするのがスサノヲ、そばで怖そうに袖で顔を隠しているのがクシナダヒメ、鰻が八岐大蛇です。八岐大蛇では八つ用意された酒壺は四つ用意されています。神話の時代ですから、スサノヲの持つ太刀は直刀です。なお、この八岐大蛇の尾から出た剣が、三種の神器の一つ天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、一名草薙の剣です。
 

いかだのり
 板を薄く削った経木を組んだ筏を、竿を使って流してゆく金魚の船頭です。尻を端折る形を鰭を端折った形にしています。奥は、蛙の船頭が櫓を漕いで進んで行きます。「竿は三年、櫓は三月」と言って、竿で操る方がむずかしいのです。蛙が直立すると、目が後ろに行ってしまうので、漕ぎにくいのではと余計な心配をしてしまいます。この絵は、全体が、箱庭の雰囲気を持っている絵です。箱庭とは、箱の中に土を入れて、小さい木や草を植え、陶器の家や橋を置いて庭を模した物です。そう思って見ると、鷺は足が針金で出来ているように見えてきます。
 

ぼんぼん
 お盆の夜、各町内で女の子だけが集まって、「ぼんぼん」で始まる歌を歌って町内を歩きます。この風習を「ぼんぼん」または「ぼんぼん唄」と呼んでいます。夏の暑い盛り、浴衣掛けで柳の下に集まった女の子たちが、大きな声で歌って歩きます。途中で、小さい女の子がぐずり出しました。どうしたの、と覗き込むお姉さんたち。それに気付かずに大きな口を開けて歌っている子もいます。柳の枝と見えたのは水草で、手にしている団扇は金魚を掬う「たも網」です。蛙の子が持っている団扇は水草の葉です。

 

 

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すさのをのみこと      いかだのり         ぼんぼん