浮世絵漫歩 15 復刻

私説 ふっこく 覆刻・復刻・複刻
 

 浮世絵の復刻について、どういう意味かと問われるので、「ふっこく」全般について思うところを書きました。
 辞典で「ふっこく」という語を引くと、覆刻・復刻・複刻と漢字が当てられています。50年ほど前までは「複刻」は誤りとされ、覆刻・復刻が使われていました。この三語についての私説を述べます。
 「ふっこく」ということは、版を作って印刷した本を再製したい時に、元の版が存在すればそれを使って再製します。版が無い場合は、元の本を原稿として版を彫り直すことです。原稿として使う時に、元の本をそのまま使う方法と、元の本はそのままにして、元の本を敷き写しにして使う方法とがあります。いずれにしても版になった原稿を板木にかぶせるので、「かぶせぼり」と呼びます。これが覆刻です。覆刻は、どうしても原本よりも線が太るということです。
 さて、「覆刻」という熟語を、新聞用語として使う時に、「ふく」の音を通じて「復刻」としました。以来、二つの用字が使われるようになりました。新たに生まれた「復刻」は、「復」字が板木に原稿をかぶせるという意味を感じさせず、「また、再び」という意味にも取れます。そこで、再度版を彫り直すという意味が強く感じ取れるようになりました。株式会社アダチ版画研究所が高度な技術で製作している「復刻浮世絵」は、まさに、現代の名匠が卓越した技術で江戸の技術を再現した作品になっています。単に板を彫って摺って、初版の風合いを再現するというのではなく、制作の中で先人の技術を学び、後世に伝えるという役目を果たしているのです。
 近代になり、板木を彫る(刻)ということだけでなく、写真が活用されるように也、版本や活字本を写真版で複製することが行われ、これにも、「復刻」が使われるようになりました。
 1968年、日本近代文学館と株式会社図書月販が製作して、「名著複刻近代文学館」がシリーズとして世に出ました。このシリーズは、明治・大正・昭和の著名作の初版本を、単に写真版で複製するという一般の「復刻」とは一線を画すものでした。製作にあたって、資材・製本様式まですべて原本そのままに再現するという方針を立てました。用紙、印刷、製本にの一つ一つの工程が手探りで、それぞれの熟練職人の知識と技術を集めて作られました。こうしえ出来上がった作品は、単なる復刻ではないということで、「ふっこく」の音はそのままとして、「複製」の「複」字を使って、「複刻」という新たな熟語を作り出し、シリーズ名にしたのです。
 この「複刻」という語は、当初、妙な造語であり、誤字を蔓延させると評判が悪く、わざわざ「複刻は誤り」とまで注記されたものでしたが、図書月販あらため株式会社ほるぷの販売力が勝ったのでしょう、とうとう辞典にまで記載され、熟語として認知されるようになりました。ついでに記すと、ほるぷが販売・普及した複刻は、古典文学から昭和の太宰治にいたる日本の作品だけでなく、海外作品まで数多いのです。
 

参考資料として、コトバンクから引用させていただきます。
覆刻本
 既刊の版本、または既刊の版本を敷き写しにした本を、裏返して版木に貼(は)り付け、原本どおりの文字の形に彫刻、印刷した本。この方法をかぶせぼりといい、版本の再製方法の一種である。類似の再製方法に、敷き写しによる影写本や、近代の写真製版による影印(えいいん)本がある。覆刻本は影写本に比して多量生産が可能であるのみならず、新しい版下書きを要せず、簡便であるから、古くから盛んに行われ、中国では宋(そう)代、わが国では鎌倉時代にすでにその例がある。鎌倉時代から江戸末期までの間に、中国から輸入された唐本が多数覆刻されて、わが国の学術や印刷文化の向上に大きく寄与した。また、江戸初期には古活字版を覆刻した整版本が多数出版されて流布した。覆刻本はおおむねきわめて精密に、原本どおりの文字の形に彫刻されるから、しばしば原本と見誤られ、混同されることがある。原本を得がたい場合、それにかわるものとして資料価値が高い。なお一般に、復刻本、複刻本と記して、既刊の図書を影印したものの総称としても用いられる。[福井 保]
                   出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)