瓜姫物語 福福亭とん平の意訳

瓜姫物語 全 
 古代の神代から人の歴史が始まって、どれほど経ったともわかりません。大和の国石上というところに、おじいさんとおばあさんがいました。二人は、後々の世までも添い遂げようと深く契って、長い年月を過ごして来ましたが、一人の子もいませんでした。二人はそのことを朝晩嘆いて暮らしていました。二人は、瓜を作って暮らしていましたが、歳を取るに従って、寿命を感じるようになりましたので、今さら子供を求めても仕方がないのだろう、これというのも前世の報いで悲しいことだと、日々、叶わないことを嘆いていました。
 そのようなある日、おじいさんは瓜を作っている畑に行って、とても美しい瓜を一つ手に取ってきておばあさんに見せ、「この瓜の美しいことよ、ああ、これくらい可愛らしい子を持ったなら、どれほど嬉しいことかなあ」と冗談を言って、「この瓜をとっておいて、私たちの子としようよ。こんなにも可愛いのだからね」と言いますと、おばあさんは、その瓜を塗桶の中へ入れておきました。その後、おじいさんが、「天の神様がお心づくしをしてくださって、綺麗な手鞠を下さって、これをそなたの子と思いなさいと仰る夢を見たよ」と話しますと、おばあさんは、「私も少しうとうととしましたら、草子を入れる綺麗な箱の中を見ると、美しい女の子がいて、これを私の子としてくださるという夢を見ましたよ」と、お互いに夢の話をし合って、「あんまり心に願っていることなので、夢にまで見たのでしょう」などと言って暮らしていました。
 その後、おじいさんは瓜畑へ行って、熟した瓜を一つ取って食べようとした時に、「そうだ、いつか取っておいた瓜はどうなっただろう」と思って、桶から取り出したところ、顔も姿も美しい、光り輝くほどの女の子になっていました。おじいさんもおばあさんも、こんなことがあるかしらと思って、「さてさて、いつぞやの夜の夢に、このような美しい姫を授かるという不思議の夢知らせをいただいたのだね」と、とても喜んで、毎日毎日大事に大事に世話をして育てました。
 このようにして、このお姫様は日を過ごす内に、日増しに可愛くなり、顔かたちが美しいだけでなく、日々の動作も、知恵も働き、体つきもかわいらしくなって、普通の人とは比べものにならないくらいの人になりましたので、女子のたしなみとして、手習い、絵描き、花結びなどをひたすら身に付けさせました。おじいさんもおばあさんも、この姫の成長を嬉しいことに思いますが、それにつけても、自分たちの寿命がそれほど長くないであろうから、なんとかしてこの姫が早く大きくなって、人前で人として立派に振る舞えるようになってほしいと思い、つい、つい愚痴のように成長を祈る言葉を口に出してしまっていました。
 このような日々を過ごしていましたら、姫は早くも十四五歳くらいに見える大きさになりまして、姿形がとても美しく、まるで露を含んで野辺に咲き乱れている女郎花のような可憐な様子で、眉の形、額つき、髪のかかりぐあい、雪のような白い肌まで、この上なく美しく、美人と伝え聞く唐の楊貴妃や漢の李夫人もこの姫には及ばないであろうと思え、まるで天人が地上に下ったかと思えるほどでした。
 この姫の評判が世間に高くなりましたので、威勢が並ぶ者がないこの国の守護の代官が、自分にふさわしい女性を連れ合いとして探していましたが、これぞと思う相手がいなくて過ごしていましたところで、この姫の評判を聞き、おじいさんのところに世間に知られないようにして求婚の手紙を送りました。おじいさんは、「いえいえ、そのような娘ではございません」とその度ごとに断りを言っていましたが、代官からの通い文の噂も高くなり、あまりに度々文が通わされますので、文を受け取ってしまいました。さてさて、このように文を受け取りまして、おじいさんとおばあさんは、「私達はどうしたらよかろう、このように文を寄越されることは、これから先が良くなるか悪くなるか判らないけれど、ともかくもこのようなお話があるのは嬉しいことだ。この国の主の代官様からの内々のお申し出があることは、心に留めて、軽々しく扱ってはいけないね」ということを話し合っていました。
 そんな時に、天照大神が天から下っておいでになった昔から、いろいろな物事をする時に妨げをしてうまくいかないようにする、あまのさぐめという怪物がいまして、この話を耳にして、これは近頃にない嬉しい話だ、この姫を何とかだまして連れ出して、自分が姫と入れ替わって嫁入りし、周りから大事に世話をされるようになろうと思って、急いで帰って来ました。姫はお嫁入りのことが決まって、いよいよお輿入れの日が近づきましたので、おばあさんも落ち着かなくなって、道中の仕度を用意しようと思っているところに相手方の代官のところから、下役に手紙を持たせて、いろいろな装束を山ほど入れた長持を幾棹も持ってきてくれました。あまのさぐめは、これを嬉しいことと思って、この姫を欺して誘い出す方策を一心に考えて、あちこちさまよい歩きました。そんな時に、このおばあさんがちょっとした出かける用事があって、姫に、「いいですか、私が帰って来るまでは、誰かが声を掛けてきても、決してこの部屋の引き戸を開けてはなりません。よろしいですね」と堅く言い残して出かけました。
 その後、昼ごろに、「姫君はおいでですか、ここをお開けください、おばあさんが帰ってきましたよ」と引き戸を叩く声がありましたが、おばあさんの声には似ていませんでした。姫が物陰からちらりと様子をご覧になりますと、美しい花の枝を手にして、「これを差し上げましょう」と言いますので、姫は花を愛する心が強かったのでしょうか、引き戸をほんの少し開けました。すると、「私の手の入るほど開けてください」というような声がしましたので、もう少し開けたところ、すぐさま戸をがらりと開けてあまのさぐめが部屋の中へ入り、そのまま姫を抱き取って、はるかに遠い木の上に縛り付けてしまい、自分は姫のおいでになった所へ入れ替わって入り、綺麗な衣裳を出して着て、物に寄りかかっていました。
 このように、あまのさぐめが悪巧みをしたということを誰も全く思いも掛けないで、そのまま、代官様のもとから姫をお迎えに来るその約束の日になりましたので、屋敷の中はあたふたと落ち着かない様子になって、あわただしく姫のための輿を迎え入れて、武士や中間、下働きの者たちまで、行列のお供の人を大勢揃えて、代官様の屋形へと向かわせました。出立の時、輿を玄関口に近づけてそのまま姫を差し上げました。こうして輿にお乗りになるとき、姫は、「良いかえ、輿を担いで進むときには、必ず必ず真っ直ぐな道を進みなさい。木の下に近い道を行ってはなりません。ただでさえ暗い夜は怖いのですから」というようなことを仰いましたので、お迎えに来た人たちはこの姫の声を聞いて、なんと随分老けた声のお姫様だなあとは思いましたが、たいして気にも留めないで出発をいたしました。そのうちに、あまりに暗いので、行列は真っ直ぐに進んでいると思っていましたが、道を間違えて、いつの間ニか木の下の道を通ってしまいましたところ、とても優美な声で何か不思議なことをさえずっているのが聞こえてきましたので、行列は立ち止まってしまいました。すると、輿の中から姫が、「春の鳥のさえずり声は、あれこれと聞こえてしまうものじゃ。さあ、この木の下をさっさと通り過ぎなさい」と言いましたが、人々は皆足を止めてじっとこの声を聞いていると、人の声として聞こえました。
  ふるちごを迎へとるべき手車にあまのさくこそ乗りて行きけれ
    (本来の姫君をお迎えするべき輿に、なんと、あまのさぐめが乗って行くよ)
声がこのように告げましたので、人々が松明を高く掲げて見たところ、この上なく美しいお姫様が木の上に縛り付けられていました。「ああ、ああ、これは驚いた、驚いた、これはいったいどうしたことだ」と急いで姫を木からお下ろしして、この輿の中を見ると、醜い年取った女がいましたので、急いで輿から引きずり出して、よくよく調べたところ、多くのことに邪魔をする、あまのさぐめというものでありましたので、お姫様を急いで輿にお乗せして、代官様の屋形へと向かいました。
 この後、このあまのさぐめを大和国宇陀のへのはしという土地へと連れて行き、五体をばらばらにして捨てたところ、薄や苅萱の根元に横たわり、死んでしまいました。それから、あまのさぐめは細かく砕けて消えてしまいましたので、世の中の禍がなくなりました。このあまのさぐめの血が染みたため、薄の根元と花の出始めが赤くなっているとかいうことです。
 さて、代官は、この姫を妻としてから、日々は楽しく栄えて、いつでも時流に適って、豊かで、暮らしに困ることがありません。その後、若君も生まれましたので、この様子を見たり、話を聞いた人々は一緒になって喜び、うらやましく思わない人はいませんでした。このように代官夫妻が栄えましたので、姫の父母であるおじいさんとおばあさんは、国の所領を預かる役に就いて、豊かに暮らしていて、思いがかなわないことはありませんでした。
 このおじいさんとおばあさんは若い時から神への信仰心が篤く、神の加護の力も大きかったので、これもなにより仏神のおぼしめしによって、この姫君を瓜の中から授かったということでございます。このいわれで、瓜姫は、私が生まれた縁があり、祝儀の物であるからということで、瓜を折々にくださいます。この姫のお生まれになった所は、大和国石上というところで、今にその古跡が残っているということです。このように、前世の行いの良い人への後々の世までの例にもなれということで、ここに記しておきます。この文をご覧になられる人々は、神仏を敬われると、将来長くいついつまでもお栄えになることは疑いのないことなのでございます。