浮世絵漫歩 25 ゴンクールの歌麿評

エドモン・ド・ゴンクール著『歌麿』(1891年6月刊)抄出
           (隠岐由紀子訳、平凡社、2005年12月、[ ] 内は訳者の注)

「深川の雪」について
 肉筆画についての章を終わるにあたり、ビング氏の店で見せられた幅3.5メートル、高さ2.4メートルという巨大な掛け軸にも言及しておきたい。軸いっぱいに26人の女が集う様子が描かれている。そこには、雪をかぶる灌木が植わった庭を前に、一軒の「青楼」内部の廊下の曲がり角が描かれている。素足に豪華な着物をまとった遊女たちは、さまざまに集い、美しく並んで、物憂そうに立ち止まったり、階段を足早に登っていったりしている。小犬と戯れる女、軽食を運ぶ女、欄干に身を乗り出して雄弁な手つきで階下と会話を交わす女たち、階段の支柱に手を回して寄りかかるように立ち、ぼんやりと物思いにふける女、音曲を奏でる女、湯の沸く鉄瓶がかかった火鉢の周りに寒そうにうずくまる女、奥の方に通りかかった女は緑色の袋に入った寝具を背負って運んでいる。
 ここには、歌麿風の優雅な仕草、姿態、女のタイプが認められる一方で、その素早い筆致の中に少々大仰な装飾性や絵具の透明感のなさも感じられる。署名のない作品ではあるが、来歴からしてたしかに歌麿の作と思われる。伝えられる来歴は以下のとおりである。ある諷刺的な版画を刊行した後、投獄されるかもしれない危険を感じた歌麿は、しばらく遠い地方の友人宅に身を潜めた。この巨大な掛け軸は、そこで受けたもてなしの返礼として描いたものだという。                (p.128) この文により、現在岡田美術館に所蔵されている「深川の雪」は19世紀にパリにあったことが知られる。それから約50年、いかなる経緯で戦禍を乗り越えて日本に里帰りできたのか、不思議なことである。また、「吉原の花」は、春峯庵の売り立て目録に、部分の模様が変えられた形で掲載されている。春峯庵の作品を描いた矢田兄弟がどのようにして「吉原の花」の絵柄を入手したのか、贋作制作にあたって、原画は海外にある作品だから発覚しないと安心して下絵としたのか、想像はいくらでも膨らんでしまうのである。

歌麿春画について
 日本の画家は皆エロチックな作品、「春画」を制作している。青楼の画家歌麿も、その画才が花魁や華麗な売春の場にちなんだものだけに、その膨大な作画の中で自由奔放な作品、つまりジュリオ・ロマーノ[1499-1546。ラファエロの愛弟子であったイタリアの画家。ポルノグラフィックな素描集がある]風イメージ、つまり愛の「地獄」を描いた作品群を制作しないはずはなかった。
 しかるに、日本の民族のエロチックな絵画は、高潮した筆致、猛り狂うような性交の激しさ、熱狂など、まさに研究に値するものである。室内の屏風をひっくりかえす発情した男女の転倒、共に溶け合うように絡む体、性交をこばむようで、誘うようでもある神経質に享楽的に動く腕、指をひきつらせて虚空をうつ痙攣した足、むさぼるように口と口とが重なる接吻、地面に逆さに頭をのけぞらせた女の失神、化粧した瞼の下の目を堅く閉じ、顔には「小さな死」の表情を浮かべた女の忘我。さらに陰茎を描く力強い線描は、ミケランジェロ作とされるルーヴル美術館の素描に匹敵する力量を見せる。
 そして、こうした肉欲の動物的営みの熱中の中にあって、人間存在の滋味豊かな精神集中、心穏やかな自己沈潜のようなものが見られるのはなんたることだろう。ここには我々のプリミティヴの画家たち[初期ルネサンスの画家のこと]に見られるような、深くうなじをたれた宗教儀式じみた姿勢、ほとんど宗教的にすら見えるほどの愛の行為が描かれている。
 しばしばこうしたエロチックな作品では、図柄は滑稽なほど奇抜である。たとえば、一人の女の淫蕩な夢を早い筆のタッチで描いた画面では、暑さから布団を体から遠くはねのけて眠っている一人の女が、男根が着物をきて、めいめい大きな扇子をひらめかせながら体をゆらして踊る夢を見ている。自由気ままな時間に画家が筆のすさびとして、頭脳からひねり出したらしい、まさに独創極まる構図である。
 時には、少々怖いような、恐ろしげな作品もある。たとえば、海草で緑色をした岩の上に悦楽で失神し、溺れ死んだのか、生きているのかわからない「死体のような」女の裸体があり、月のかげった部分のように恐ろしげな目をした大きな蛸が彼女の陰部に吸い付いていて、もう一匹の小さな蛸が彼女の口にむさぼるように喰らいついているという図柄もある。[これは北斎の『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』下巻第4図のこと]
『えほんきんもずえ[会本訓蒙図彙?]若者のための絵入り百科』と題された奇妙な書物では、モンテーニュの言う、「手に負えない若者を生むような精神が突飛な幻想を生む」類の少々エキセントリックな書物、つまり常軌を逸した観念や並はずれた想像力をもつ作家の書物にある程度通じるような図が描かれている。天文学占星術、生理学などを混合したこの画集は、哲学的かつポルノグラフィックな判じ絵になっており、人間の性が天球儀や地球儀の図として描かれている。男性器が見知らぬ惑星の突飛な風体の人の姿で描かれていたり、女性の陰部が黙示録風の猛禽類や富士山らしき風景になっていたりする。
 歌麿も墨摺りないし多色刷りの何冊かのこの手の図譜の発案者であり、素描家としての技量を発揮しているが、彼の描く素っ裸の遊女たちの体は、私の考えでは、体を覆う長い着物をまとって動き回る歌麿の女の優雅さをもはやもたないように思われる。
 しかしながら、巨匠歌麿にふさわしい作品もある。「女との最初の試み」[『会本妃女始(えほんひめはじめ)』]と題された画帳には次のような魅力的な図様がある。一人の女が伸ばした両腕を愛人の首に巻き付けており、発情期の鳩のように頭を傾けて男の胸に押し付けている。彼女は男のうなじを愛撫し、二人の下半身は性的な睦み合いのうちに接合している。
 「千種の色」[『会本色能知久佐(えほんいろのちぐさ)』のことか? しかし本文に該当する図は『艶多歌羅久良(えほんたからぐら)』の方にある]には、面白い構図がある。一人の女が布団から四本の足が出ているのを見て、手燭を取り落としかけている絵である。四本の足のうち二本は非常に毛深く、女の口から「女一人の布団からどうして四本の足が!」という意味のセリフが漏れている。
 「淫蕩」を表現する、怖いような作品も歌麿は制作している。一人の怪人、青白く血の気の失せた肌に渦巻き状の体毛がびっしり生えた巨大な男が、悦楽のオーガスムに口を醜くゆがめて、若い女の繊細で優雅な体の上にのしかかり、寝そべっている図である[『歌まくら』第12図「南蛮人」のことらしい]。人間の肉の歓びを表現するのに、画家は、ここでヒキガエル的な交合の愉悦を表現しようとしたと思われる。この連作では各画面上方に小さな扇面画を置いて、人が動物の物まねをしている様子を描き込んであり、この場面の扇面は、その姿勢や身振りからして、ヒキガエルになった男を表している。
 この作品は「枕の詩」[『歌まくら』]という題名の画集の一枚であり、すばらしい色の調和と刷りを見せており、繰り返して言うが、どんなヨーロッパの版画も及ばない仕上がりである。画面では、愛戯で散乱した絹の着物の彩りの中に裸の肉体の明るい肌色が輝くように目立ち、かすかなバラ色に染まる女性の白肌に、盛り上がった女陰部分の黄褐色が非常に官能的に浮き出している。
『歌まくら』の第1図は独創的な構図である。歌麿は架空の存在を描くシリーズでは北斎には及ばず、北斎の5点の恐ろしいお化け大首絵[百物語]に匹敵するような作品をもたないが、エロチシズムの領域では以下のように型破りで幻想的な作品を描いた。
 そこには一人の海の女神[海女?]が水面下で両生類風の怪物[河童]に犯されている。彼らの間にもぐり込もうとしながら、小さな魚たちがそれを見守り、小さな島の岸辺にうずくまった若い娘の海女が半裸の姿で、水底の奇妙でやっかいな状況を眺めている。その姿は非常になよやかで、扇情的である。         (P.114~118)
 ゴンクールの文から、ヨーロッパでの歌麿の評価の一端を知ることができます。春画展で多くの人が作品を見ましたが、どのような評価が与えられたのでしょうか。
 歌麿の視線の先がよくわからない作品があり、これは歌麿の拙さなのか、彫師の拙さか、気に掛かっています。

エドモン・ド・ゴンクール 1822-1896、フランスの文筆家・美術収集家、歌麿北斎などの浮世絵を研究。
 弟ジュール・ド・ゴンクール(1830-1870)も小説家。