落語のひととせ 65 冬の部12

   富札 その3                          (御慶)
 ここに一攫千金の夢にとりつかれ、富札を買い続けている男がいました。一枚一分で、安いものではありませんから、お神さんからはいいかげん止めてくれと言われています。そんな八五郎が正月を前にして、いい夢を見たからと、お神さんの着ている姉さんの形見の袢纏を脱がせて質屋で一分を都合して買いに行きました。
 八五郎の見た夢は、梯子の上に鶴が止まるというもので、鶴は千年というところから、鶴の千、梯子で八四五と、鶴の千八百四十五番を買おうとしました。ところが、たった今売れてしまったところで、前後の番号が残っていました。もう一枚作れと言っても通りません。こうなったのも、質屋の番頭がぐずぐず言って一分貸すのが遅かったからだとぶつぶつ言いながらがっかりして歩きます。
 せっかくの一番の富を逃したとがっかりして柳原の土手を歩いていると、易者が声を掛けます。よほど悩みが深いと見られたのでしょう。易者に事情を尋ねられ、良い夢を見て富札を買おうとしたのに買い損なったと言うと、富なんて当たる物じゃないと言いながらも、夢判断をしてくれました。鶴の千は良いとして、梯子で八四五と解くのは素人、梯子は登るのに必要な道具なのだから、五四八と上って、鶴の千五百四十八番を買わなくてはいけないと教えられました。見料は払いたくても払えないが、当たったら何倍にもして返すからと謝って、急いで札を買いに走りました。
 売り場の人はあきれて、もう札はありませんと応対をしようとしたら、それではなくて、鶴の千五百四十八番を求めます。これは前後が売れて、この札だけがありました。
 富を突く刻限になり、一番富は鶴の千五百四十八番、「あ、たった、たった」と言いながらしゃがみ込んでしまいました。周りの人が社務所に担ぎ込んでくれ、「あなたは気丈だ、当たってそのまま息を引き取る人もいます」と祝いの言葉を掛けられ、八五郎は札を出して、とにかく一刻も早く金をくれと言います。
 来年の二月まで待てば満額受け取れるし、今受け取るにしても金額が大きいので誰かと一緒に受け取りにきたらいかがかと言われます。ですが、八五郎は、家へ帰ればお神さんが怒っていますし、あと数日となった年内に払わなくてはいけないあちこちへの借金がかさんで切羽詰まっていますから、とにかく今受け取りたいと言い、二割引の八百両を受け取りました。
 股引を袋代わりにして金を入れ、長屋へ帰ります。家に帰ったら、お神さんが、さ、離縁しておくれと迫るので、当たった金を見せて驚かせました。「だから富はお買いよと言ったんだ」とまで言われました。まずは大家さんの家へ、溜まっていた店賃を払いに行きました。「無駄使いはよしなよ、昔から千両八百、十三年といって、一日八百文ずつ使っていると、千両が十三年で無くなっちまうんだから、もう富も止めな」と親切に忠告してくれました。
 無駄遣いはよしなと言われても、やはり心は浮かれます。前々から出入り先の旦那のように裃を着て年始回りに行ってみたいとお神さんに言います。今から誂えても正月に間に合わないので、市ヶ谷にある甘酒屋という古着屋に行けば何でも揃うと言われて、一式揃えました。腰刀も一振りくらいならよかろうと手に入れ、大晦日の夜には裃を着、腰刀を差して、夜の明けるのを待ちました。
 夜が明けるのを待ち兼ねて飛び出します。思わず出た言葉が、春の部1でお伝えした「わーい正月だ、正月だ。めでてえな」でした。大晦日はほとんどの家が徹夜ですから、少々早くてもよかろうと大家さんの家に行きました。この形でするのにふさわしい挨拶の言葉はないかと大家さんに訊いたら、「長松が親の名で来る御慶かな」という句があるから、「御慶」がよかろうと教えてくれました。それでは、お上がりなさいと言われたら何と言おうと重ねて訊くと、春永にゆっくり伺いますという意味で、「永日(えいじつ)」だと、大家さんは親切です。
 それならひとつ友達のところでその挨拶をやってやろうと訪ねて行ったところ、留守です。うろうろしていたら、向こうから仲間と一緒に帰って来ました。早速、ぶっくらわせてやろうと、「ぎょけーい」と声を掛けましたが、通じません。重ねて「御慶」「何だって」「御慶ってたんでぇ」「ああ、恵方参りに行ったんだ」。
 落ちは、文字にしにくい言葉です。「御慶ってたんでぇ」は、八五郎は「御慶って言ったんでぇ」と言ったつもりですが、早口なので、友達には「どこへ行ったんでぇ」と聞こえたということです。
 恵方は、その年の幸福を司る歳徳神(としとくじん)のいる方角です。正月に恵方に当たる神社にお参りする恵方参りが広く行われましたが、暦が生活から遠くなり、恵方参りは初詣に変わり、もはや恵方など気にする人も少ないだろうと思っていました。いつしか、節分の夜に恵方を向いて無言で巻き寿司を食べるという恵方巻の風習が広まり、正月ではない時期に恵方が注目されるようになりました。
 八五郎が八百両も持てるかというと、千両箱が箱ぐるみで十五㎏ですから、大丈夫持てます。現代の一万円札で一億円は十㎏です。ついでに、魚や野菜を天秤棒で振り売りする行商人の荷の重さはそれより重い場合があります。
 富札が当たる咄を並べました。「一の富どこかの者が取りは取り」ではありますが、やはり当たってみたいものです。情けないのは、「富札の引き裂いてある首くくり」、あえて魔除けに書いておきましょう。