落語のひととせ 38 夏の部21

   白薩摩                (菊江の仏壇、辰巳の辻占、星野屋)
 薩摩絣とは、平織りの綿織物に、かすり模様を染めた布で、もともとは琉球産です。白薩摩は、白の地に藍で模様を染めたもので、見た目も着た身も涼しい夏の着物です。
 ある若旦那、器量も人柄も申し分のないお花という娘を嫁にもらったのに、菊江という馴染みの芸者にぞっこんとなり、お花のことは顧みません。お花は婚家の親からはよくしてもらっていましたが、若旦那の芸者遊びの評判が高くなり、実家の親が、捨てられたのだからこのままでにはしておけないと引き取り、実家に戻りました。お花はいつしか気病みとなり、寝付いてしまいました。お花の実家からお花が危篤になったという知らせが来ましたが、若旦那は行こうとしません。親旦那だけが見舞いに行きましたが、お花は最期まで若旦那が来ることを信じながら亡くなってしまいました。
 若旦那はそんなことは意に介さず、親旦那が出て行ったのをよいことにして、菊江を呼びます。店の者はそんな若旦那を諫めるどころか、働かないで助かるとばかり一緒になって一騒ぎを始めようとします。菊江は急なお呼びでいつもの外出(で)の着物に着替えるゆとりもなくて白薩摩を着たまま、髪も先ほど洗ったままで、結い上げないで駆けつけて来ました。
 親旦那は、数珠を仏壇の引き出しに置いてあるので、家へ戻って来ます。悲しみに沈む親旦那の元に遠くの騒ぎが響いてきます。
 まさかと思った親旦那が突然戻ってきて、家の中は大騒ぎになります。酒や肴や菊江が持ってきた三味線は何とか片付けられましたが、唯一困ったのは菊江の隠し場所です。幸い大きな仏壇があったので、そこへ押し込みました。親旦那は、息子や奉公人への小言もそこそこに、まっしぐらに仏壇へ行き、開けてみて驚きました。何と、たった今息を引き取ったお花が、白い着物を着てそこに立っています。「ああ迷っているのか、どうか浮かんでおくれ、消えておくれ」「旦那様、私も消えとうございます」。
 干して取り込むのを忘れた白い浴衣を幽霊と見間違える出来事は、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の浜松の宿の場にも描かれています。
 また、嫁入りはしたものの、夫が手も触れてくれない妻の哀しみは、浄瑠璃の『艶姿女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)』にもあります。お園は、茜屋半七に嫁ぎましたが、嫁とは名前だけ、半七は三勝という女舞の太夫と深くなじんでいて、二人の間には子供までいる深い仲です。このお園を気の毒がって、お園の実の父親と舅とが、義理と人情をからませていろいろと思いやるという話で、こちらにも、少しも顧みられることがないのに、一筋に夫を思うお園の純情が描かれています。浄瑠璃には、男性がだらしなく、それが駄目であればあるほど愛して、懸命に支えようとする女性が登場する作品が実に多くあります。これを、女性の性根(しょうね)と申します。いつの間にか、難波の根性、強調してど根性などという言葉が横行しましたが、芯の通った優しい強さは性根なのです。
 そんな女性が男性を支える浄瑠璃を生んだ土壌からでしょうか、ここに書いた咄も上方で生まれました。一方、 こんな薄情な女性もいます。二席書きます。似たような咄なので、混同しないようにしてください。
 若旦那が辰巳(深川)の芸者と深く馴染んだので、叔父さんが相手が実があれば添わせてやると言いました。そこで、若旦那は借金があって死ななければならないと女に心中を持ちかけます。女も一緒に死ぬと言い、川端まで出掛けます。女は死にたくないので、そばにあった石を投げ込むと、若旦那は、女は飛び込んだけれども死にたくないので、これも石を投げ込んで引き返します。二人は途中でばったり遇い、「若旦那、お久しぶり」「何が久しぶりだ」「娑婆であったたきり」。
 星野屋の旦那が、囲っていたお花に金を持ってきて、死ななければならなくなったから別れてくれと言い出します。それなら私も一緒にと二人で死ぬことにして川端まで出掛け、先に旦那が飛び込んだので、お花は死ぬのを止めて帰ります。するとすぐに、旦那にお花を世話した男が、お前を取り殺すと旦那の幽霊が出たと言って飛び込んできます。どうしようと騒ぐお花は、髪を切って手向ければ大丈夫だろうと言われ、髪を切ります。すると死んだと思った旦那が現れ、男はお花に、「お前の心を試そうとしたら飛び込まないで、髪を切ってざまあみろだ」「だましたな、そんな髪ならいくらでもやる、それは髢(かもじ)だ」「さっきやった金は偽金だ。使ったらすぐお縄だ」「返すよ」「これが偽金なら、旦那が先につかまらあ」「畜生、お母さん、さっきのは本当のお金だとさ」「そう思ったから、三枚抜いておいた」。
 男と女の間の淵はどこまでも底が知れません。