落語のひととせ 11 春の部10

   花見 その1                         (花見酒)
 花と言えばやはり桜、桜が咲くと人の心はぱっと浮き立ちます。「梅は咲いたか、桜はまだかいな。山吹ゃ浮気で色ばっかり、しょんがいな」という唄の通り、桜の咲くのを人々は待ち兼ねています。ちらほらでも咲き始めれば、「銭湯で上野の花の噂かな」にもなり、「佃育ちの白魚(しらを)でさへも、花に浮かれて隅田川」ということになります。芭蕉は、「木のもとに汁も膾も桜かな」「さまざまのこと思ひ出す桜かな」と詠んでいます。さらに時代を遡れば、在原業平が「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と、花が咲いたとか散ったとか、一喜一憂するのはいやだと桜に心を奪われる様を歌っています。もっと乱暴な物言いは、「やい桜咲きゃあがったか畜生めうぬ(汝)がおかげで今日も日暮らし」というのもあります。こんなにも桜は人の心を吸い取ってしまいます。寛政の改革で人々を締め付けたと言われている老中松平定信も、「富士筑波花の木の間にほの見えてをちこち霞む春の山風」とのどかに詠んでいます。現代はソメイヨシノが広まっていますが、ソメイヨシノは江戸時代末期から明治時代にかけて生まれた品種ですから、今の桜とは、また雰囲気が違うのでしょう。
 さて、どこから花見を始めましょうか。上野、向島、少し離れて飛鳥山ととりどりです。この上野は、かたじけなくも一品宮法親王様がおいでになられるので、鳴物は禁止、しかも、山役人という警備人がいて、夕方には締め出されてしまいますので、とにかく静かに花見をするしかありません。皇居東御苑や大阪造幣局の通り抜けのようなものです。講談には、元禄時代、上野の花見の時に十三歳の秋色女(しゅうしきじょ)が「井戸端の桜あぶなし酒の酔」と詠み、その桜を秋色桜と呼んだという一席があり、その句を刻んだ石碑が今でも建っています。
 羽を伸ばしたいので向島へ出かけましょう。向島に桜を植えさせたのが八代将軍徳川吉宗で、江戸っ子の行楽地になりました。向島の土手には酒屋がないから酒を持参しなければなりません。酒飲みというのは、あればあるだけ飲んでしまって物足りなくなることがあり、無いとなると余計飲みたくて酒を探すことがあります。そんなところに目を付けて、一儲けを企んだ男がいました。まず友を語らい、酒屋からツケで一樽買ってきて、釣り銭が無いといけないので、小銭を一枚持ち、差し担いで向島へと出かけました。歩き始めると、先棒は何も感じませんが、後棒は酒の良い香りがぷんぷんしてきて、我慢できません。懐には用意した釣り銭があります。「兄い、俺に一杯売ってくれ」「ああ、いいとも、誰に売ったって一緒だ」と一杯売ります。今度は前後入れ替わって歩き始めると、後棒になった兄貴が我慢できません。「これは俺もたまらねえや、一杯くれ」と釣り銭が移動します。向島まで前後を入れ替えては交互に飲んで、釣り銭は二人の間を行ったり来たりしました。さて、向島に着いて商売を始めると、早速のお客、「おう、一杯くれ」「へえ、ありがとうございます」と汲もうとすると、中は空です。「すいません、売り切れで」。売り切れたのだから売り溜めはと二人が懐を探ると、釣り銭が一枚だけ。「あれ、おかしいな、最初あそこでお前が一杯、次に俺が一杯、次にお前で、やったりとったり、うーん、してみると無駄ぁない」という、よくできた咄です。この咄を基に『花見酒の経済』という本を書いて、日本国は一時の快楽に浮かれているが実質がないという分析をした人もいました。
 酒一杯の金額を気にする方もがいます。時代設定を江戸時代にすると、一文銭や四文銭を使いますから、釣り銭がいらなくなります。一杯一朱では高すぎます。速記本を見ると、一杯十銭にして、二十銭貨を出されるといけないので十銭貨を持っていく形、少し物価が上がって、一杯五十銭で一円に対して五十銭を持って行く形があります。ツケで買った酒の量も、ある程度の金額になる、二人で担げる、飲みながら向島まで行ける、向島までで飲み終わる、という条件を考えていくと、訳が判らなくなります。すべて鷹揚に、こんな酒飲みの失敗段がありましたよー、と笑うのが、咄の世界のお約束です。