落語のひととせ 6 春の部5

   初天神                            初天神

 正月にはいろいろな初の付く行事がありますが、咄になっているのは初天神です。天神様、菅原道真公は二月二十五日が命日なので、毎月二十五日が天神様の縁日になっていて、年の初めの最初の縁日の一月二十五日を初天神と言います。亀戸の天神様では、木彫りの鷽(うそ)を交換し、去年の鷽を本物に替える「うそ替え」という行事があります。天神様には昔の学問の「読み、書き、算盤」のうち、書の上達を願ったものでしたが、今ではすべての学業、とりわけ受験の神様として、一、二月は特に賑わいます。
 道真公について寄り道をします。筑紫へ流されて「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」と詠み、その歌に感応した梅が跡を慕って筑紫へと飛んだという伝説があります。なお、飛んだ先は、太宰府天満宮ではありません。天満宮は道真公の墓所安楽寺の地に建てられたものですから、飛んだ先は観世音寺近くの配所です。とにかく、梅と道真公は切っても切れない関係です。先の歌、「春を忘るな」となっているのは、『拾遺和歌集』に採られた時の形です。ついでに、道真公御年十一歳のみぎりに初めて作られた詩の題材も梅の花なのです。書いておきましょう。
    月の夜に梅花を見る
  月の輝くは晴れたる雪の如し
  梅花は照れる星に似たり
  憐れぶべし 金鏡の転(かひろ)きて
  庭上に玉房の馨れることを
  [訳] 月の光は、晴れた日の雪のよう
     梅の花は輝く星に似ている
     いいなあ、輝く月がめぐり来て
     庭に梅の香りが漂ってくるなんて
さて、本題の初展示の戻りましょう。
 父親は、子供がついてくると縁日の露店であれこれ買えとうるさいので、一人で初天神にお詣りに行こうと思っていました。ところが、母親に子供と一緒に行くように言われて、世間一般の父親同様、断りきれずに子供を連れて出て来ました。露店がずらりと並んで並んでいます。飴屋が出ていて、子供に飴をねだられると、父親は指を舐めてはあれこれといじり回し、飴屋に文句を言われたあげくに買ってやります。「あーあ、おまえなんぞ連れて来るんじゃなかった」とぼやく父親です。
 父親は飴を歯に当てずにゆっくり味わえと注意して歩き出します。子供が飴を舐めながらおとなしく歩いていると、そこに水たまりがあり、気をつけろと地と親が注意したら、子供は「えーん、飴を落とちゃった」と泣きました。父親が探そうとすると、子供は、飴はお腹の中へ、つまりびっくりして飲んでしまったと言います。
 続いて、みたらし団子をねだられ、次には凧をねだられます。ずっと子供の言いなりになっていた父親でしたが、凧を手にした途端、父親は子供に返り、いつの間にか凧揚げに熱中して、親子の立場が逆転、子供に「おっつぁんなんぞ連れて来るんじゃなかった」とぼやかれてしまいます。
 この咄は、どこの天神社かわかりませんが、本殿までお詣りする場面はありません。ですから、凧揚げの出来る時間の縁日の露店であれば、初天神と限定しなくても良い咄でもあります。しかし、誰もそんな余計な事は考えず、「初天神」という行事を大切にして、正月らしい清新な雰囲気を味わわせながら、親子の情愛を温かく伝えてくれています。
 この正月の凧揚げですが、歌川広重の「名所江戸百景」に「山下町日比谷外さくら田」に羽根突きと一緒に描かれています。なお、凧揚げは、広重の保栄堂版「東海道五十三次」の掛川宿にも描かれています。浜松周辺では、初夏に凧揚げが行われています。この風習を調べもしないで、本に、掛川の絵に凧を描いたのはおかしいと書いた美術館の元館長がいました。他山の石といたします。